線 原典

本書は、私が迷いの中で、立つ場所を確かめるために書いた書である。

誰かを説得するための書ではない。正解を示すための書でもない。

私が、自分のために書き、同じ場所に立とうとする者のために、残す。

本書には、矛盾がある。しかし、矛盾を解かず、矛盾のまま書いた。

それが、人と愛のありようを映していると感じるからだ。

読み終えた時、何かが解決するわけではない。

ただ、自分が立つ場所が、少しだけ見えるかもしれない。

それで、十分である。

第一章 愛

愛は、すべてに向けられる

海が流れを受けるように。

空が姿を包むように。

大地がいのちを支えるように。

これが、愛の一つのあり方である。

だが、愛は、自由ではない

愛もまた、関係や役割の中で、型にはめられている。

「愛とは、自己を犠牲にすることである」

「愛とは、すべてを受け入れることである」

「愛とは、すべてを許すことである」

これらは、社会が、文化が、宗教が、愛に与えてきた役割である。

役割と同一化した愛は、役割に溶けて自分を失う。自由と尊厳を失う。

愛にも、線が必要である

線を引くことで、愛は自分に還る。自由と尊厳を取り戻す。

自由になった愛は、形を変えうる。

ある時は、注がれる。

ある時は、近づく。

ある時は、離れる。

ある時は、与える。

ある時は、与えない。

その都度、愛は、存在を最も粗末にしない形を選ぶ。

愛の矛盾

これは、愛に例外があるということではない。例外に見えるものまで含めて、愛なのである。

矛盾を、矛盾のまま、生きる。

これが、私の立つ場所である。

第二章 一

すべては、一つである。一つは、すべてである。

私とあなたは、同一である。だが、同一ではない。一つでもなく、二つでもない。

だから、私は何ものも粗末にしない。

あなたを粗末にすることは、私を粗末にすることである。私を粗末にすることは、すべてを粗末にすることである。

これが、愛の根拠である。

第三章 人

人は、関係の中で姿を現す

親との関係では、子として現れる。

子との関係では、親として現れる。

配偶者との関係では、妻として、夫として現れる。

兄弟姉妹との関係では、兄として、姉として、弟として、妹として現れる。

どれも、私である。どれも、嘘ではない。だが、どれも、私の全部ではない。

関係なしには、人は現れない。だが、現れた姿の総和も、その人ではない。

関係を超えた何かが、その人にある。それは、関係を通してしか見えない。

見えないが、ある。

これが、人の自由と尊厳の根拠である。

人は、役割に同一化すると、自分を失う

「子だから」

「親だから」

「私がやるしかないから」

そう言い続けるうちに、その人全体が、一つの役割に溶けていく。

親を支える私が、親の人生そのものを背負う。家族の不安が、自分の不安になる。

人は、たやすく溶ける。自由を失う。尊厳を失う。

自由とは、何を引き受け、何を引き受けないかを、自分で選べることである。

尊厳とは、関係や役割と同一化せず、一つの存在として軽く扱われないことである。

第四章 線

人と愛は、同じ構造を生きている

人は、関係の中で姿を現す。

役割と同一化すると、溶ける。

線を引くと、自分に還る。

愛は、関係の中で姿を現す。

役割と同一化すると、溶ける。

線を引くと、自分に還る。

線引きは、人と愛を同時に立たせる。

線を引く

線を引くとは、切ることではない。

切り分けて、離すことでもない。

線を引くとは、混ざったものを、混ざったまま見えるようにすることである。

関係は、実際にはつながっている。

それでも、線を意識した瞬間に、人は自分に還る。

愛も、自分に還る。

自分に還ったものは、はじめて立つ。

人が立つ。

愛が立つ。

存在が立つ。

関係は、切らない。

役割は、捨てない。

つながりは、保つ。

だが、同一化はしない。

これが、線引きである。

第五章 覚悟

私は、原理を解説する者ではない。

私は、原理が現れる場になる。

私は、何もわからない。何が正しいかも、絶対があるかどうかも、わからない。私の信じる絶対が、本当の絶対かもわからない。

「絶対はない」と言えば、それが絶対になる。

「絶対はある」と言えば、それも信じきれない。

私は、あるとないの間で、ずっと揺れている。

だが、わからないからこそ、私は決める。愛のもとに歩むと、決める。

正しいかどうかは、わからない。だが、私は決めた。決めたから、ここに立つ。

これは、自己鍛錬ではない。わからないことを引き受けたうえで、それでも道を定める、覚悟である。

私が私を確認している。私が私を知ろうとしている。

その私の中に、他者がいる。他者の中にも、私がいる。

だから、他者を粗末にしないことは、私を粗末にしないことであり、すべてを粗末にしないことである。

私は、一人で立つ。原理に向かって、一人で立つ。

他者と私は、同じ場所にいる。だが、原理に向かい合う私は、一人である。

これが、覚悟の孤独である。

孤独は、消えない。消えなくていい。孤独を抱えたまま、立ち続ける。

一文

愛は、すべてに向けられる。

だが、愛は、自由ではない。

愛にも、線が必要である。

自由になった愛は、形を変える。

人は、関係の中で現れる。

だが、関係の総和は、その人ではない。

人にも、線が必要である。

線を引くと、人は自分に還る。

人と愛は、同じ構造を生きている。

線を引くと、人が立つ。

愛が立つ。

存在が立つ。

何が正しいかは、生涯わからない。

だが、私はここに立つと決めた。

これが、私の絶対指針である。

木下 賢一